日本漢方交流会学術誌「玉函」第13(1995)漢方のケイピー薬局

      排便の研究(承気湯類)

               東海漢方協議会 平 野 美 生

 熱性疾患、風邪などを引いた子どもが発熱と同時に便秘した場合浣腸をすると解熱する事があります。これは熱邪が体内に停滞することにより胃腸の水分(津液)が枯渇して便が硬くなって便秘すると考えます。これは傷寒論でいえば陽明病に相当します。一般に傷寒論の陽明病にかかれているものは急性熱性疾患に現れる便秘で下すことにより邪を取り除くといわれています。ですから子どもが発熱と同時に便秘したとき承気湯類を服用して便が出れば中止します。得下、余勿服。ということです。

 調胃承気湯の条文に 陽明病、不吐、不下、心煩者、可与調胃承気湯。というものがあります。条文の読み方ですが傷寒論の解説書にはトセズクダラズと読ませるものもありますが、私はトセズサガラズと読みます。このように読まないと調胃承気湯の本当の意味が理解しにくくなります。これは気が胸のところにつかえて上がっていくことも降りていくこともできずにポーンと胸のところでつかえた状態ということです。その状態を心煩といいます。 トセズサガラズをクダラズと読んでしまいますと便秘していて通じがないとなってしまいますがこの条文はあくまでも気が上にも下にもいかなくて心煩を表していると読みます。

 私自身の症例です。私は便秘になることはあまりなく夏などクーラーの入った部屋に長くいるだけで下痢をしてしまう方です。ある日昼頃になっても朝の食事が胸のところでつかえているような感じがしてたいへん胸苦しく気分が悪く思ったことがありました。そのときこれが調胃承気湯のトセズサガラズシンパンだと思い調胃承気湯を飲んだことがありました。するとたしか12時間ぐらいで胸の苦しさが取れました。そのほかにも心煩を目標に胃痙撃や胃潰瘍に調胃承気湯を応用することがあります。

 それではなぜ調胃承気湯が胃痙撃や胃潰瘍の痛みに効くのでしょうか。それもかなり慢性になって空腹時だけ痛むという生やさしいものでないものにも効くかといいますとそれは「気を下す」ということです。花村訓充先生は漢方的用語では「気を下す」であり西洋医学的には「胃の停滞物或いは腸管のガスの疎通にある」といっております。何度もいうようですが気が上にも下にもいかず「心煩を表す」ということです。脇坂憲冶先生はこの心煩を胃痙攣と考えて使っております。そして胃痙撃を起こすものは胃カタルなど胃弱が多いため大黄を去るかごく少量とすると言っております。また同じように花村先生は大黄では物は下(クダ)るが気は下(サ)がらないために痛みは取れないと言って芒硝だけの単味を胃潰瘍、胃癌に使っていたそうです。

  芒硝にあたる物に硫酸マグネシウムと硫酸ナトリウムがあります。硫酸ナトリウム、硫酸マグネシウム共に二塩基性酸のアルカリ塩の形をしています。一塩基性酸たとえば食塩NaCI)との違いは、食塩は食べればすぐ消化管から吸収されてしまいますが二塩基性酸のアルカリ塩は吸収されにくいということです。これは学生の頃やりました塩類下剤ですから非吸収性塩類(二塩基性酸)は場内溶液が体液と等張になるまで場管内にまわりの組織から水分を移行させるため腸管容積は増大しそれが機械的刺激となって腸の嬬動運動を促進させて排便させます。しかしごくわずかの量吸収されます。吸収されたものが腎臓の尿細管での水分の再吸収を阻害します。そうすると尿量も増えます。腸管からも尿道からも水が出ていくということです。

  芒硝のはいった処方でオ血の桃核承気湯の条文に熱結膀胱という言葉が出てきます。花村先生は桃核承気湯には尿の異常を伴うことが多いといっております。たとえば1日2回ぐらいしかトイレに行かないという方に桃核承気揚を与えると小便の出方が良くなって体のむくみが取れるということがあります。また傷寒論には大陥胸揚という処方があります。

 これは結胸といいまして水飲、水が胸のあたりに取り付いた病気です。この処方の中にもたくさんの芒硝を便って下剤としてだけでなく体内の組織から余分な水を集めて便からと小便から水を抜き去ろうとします。あと承気湯と名のつくものはいろいろありますが傷寒論では大承気湯と小承気揚があります。小承気湯には芒硝は入っておりません。

  一般的な考え方以外に調胃承気湯と大承気湯について考えてみたいと思います。花村先生の考え方に「傷寒論に於て各所に上下の考え方が出てくる。細かい病状にとらわれることなく、大極的に大雑把に病が上か下かを判断することも大切なことである。」として小柴胡湯と大柴胡湯を上下に分けて考えております。(上下というのは体の上下ということです。)調胃承気湯と大承気湯も同じように考えるなら調胃承気湯は陽明病の入り口であり大承気湯は完全に陽明病になっています。陽明病の部位は胃実であり胃から始まって胃から下の症状、腹が中心になります。調胃承気湯は不吐、不下、心煩であり重要なのは心煩になってきます。脇坂先生はこの心煩は内経上の煩であるとほとんどなじみのない言葉で説明しております。内経(ないけい)とは大雑把にいえば「食うこと」と「息すること」という生物が生命を維持するために一番重要な部分をいっているようです。「心煩は内経上の騒動でありこれが胃痙撃を発するのだ」とあります。そして薬味として甘草が入ってきます。甘草の薬能の一つに「甘草は心虚を治す」と考えております。これが調胃承気湯に甘草が入ってくる意味です。上下でいえば調胃承気湯は心煩であり陽明病の入り口(胃)ということで上になり大承気湯は陽明病に入ってしまっている状態で下(腹)になります。

  最後に内経をもう少し詳しくいいますと傷寒論の言葉でいえば心、心下と表現されます。表(四肢、体表)、内{心(心肺)息すること、心下(脾胃)食う事}裏(大便、小便)と考えます。そのほか表裏内外の考えは色々あります。今私が傷寒論を読む上で一番いいと考えているものに表(肺)外(心 肝)裏(腎 膀胱 子宮 小腸)内(牌 胃 大腸)荒木正胤、三階三陽と五大説より。と表位(肺)外位(心 肝)裏位(腎 膀胱 小腸 大腸)内位(肺 胃)古矢知白、復聖傷寒論より。があります。長沢元夫先生に聞いたところ五大説は印度の古医学のアーユルヴェーダからきており古矢知白は易で全く違うものだそうです。全く違う考え方からきているにも関わらずよく似た結果が出ていることは大変興味深いことだと思います。  

参考文献

    花村訓充遺稿集

    陰腸易の傷寒論   脇坂憲治著

    復聖傷寒論     古谷知白著

      漢方薬物学入門    長沢元夫著

             東海漢方協議会

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