日本漢方交流会学術誌「玉函」第10(1992) 漢方のケイピー薬局

桃核承気湯証における下血

            東海漢方協議会 平 野 美 生

 下血について下記のAの条文の桃核承気湯証に至るまでの熱の流れを考えながらなぜ熱が膀胱にかたく取りつくと血証を現すようになるかについて考えてみる。

 「太陽病不解,熱結膀胱,其人如狂,血自下,下者愈。」−A(「傷寒論」太陽病篇)

  1)「熱の流れ」について

 Aの条文を考えるうえでまずこの条文に至るまでの熱の流れについて考えてみる。

  「太陽病,過経十餘日,反二,三下之。後四,五日,柴胡証仍在者,先興小柴胡湯。嘔不止,心下急,鬱鬱微煩者,爲未解也,興大柴胡湯下之則愈。』−B(「傷寒論」太陽病篇)

 本条は小柴胡湯から分裂した大柴胡湯証である。まず大柴胡湯を与えてみるが邪熱が強く治らなければその後再び結胸証,発黄証,陽明病証,血証へと分裂していく。

 (参図1)

 「傷寒十餘日,熱結在裏,復往来寒熱者,興大柴胡湯。但結胸,無大熱者,此爲水結在胸脇也。但頭微汗出者,大陥胸湯主之。』−C(「傷寒論」太陽病篇)

 本条はBの条文と互文である。大柴胡湯の後変証をいい さきほど述べた結胸証である。BCの条文は,水証がなければ血証(桃核承気湯証など)となり 血に不順がなければ水証により結胸証へと分裂していくことを示す。

 Aの条文は,太陽病が解せずして熱が膀胱に結び,血分に凝血して発狂症を現し,下血を起こす状態が論じられている。

熱の流れとしてはBの大柴胡湯証から血証に分裂する例を示す。太陽病から往来寒熱となり不解のまま遂に内より熱が膀胱に附結することを示す。また患者側からみれば熱邪を受けるだけの熱,態勢があるために熱邪が太陽から膀胱にまで入ってきたと考えられる。

  2)「膀胱」とは何を示すか。

  『膀胱は今日の解剖学的名称と異なって単に膀胱付近という意味。』(傷寒論入門)

  『ここにいう膀胱は今日の解剖学でいう膀胱の意味はなく膀胱のある下焦をさしている。ここに熱が結集するのを熱膀胱に結びといったのである。』(傷寒論解説)

  『子宮でも腎でも大腸でも肛門でも盲腸でも一切膀胱といい小腹と云えるのである。』(陰陽易の傷寒論)

 このように一般的には膀胱は臓器を示すのではなく下焦(この場合は部位)を示すとされている。

 それでは傷寒論が書かれた当時膀胱とは一体何であったのか,生理学的にはどのように考えられていたのか。

黄帝内経には

 『膀胱者,津液之府也。』(「霊枢」本転籍第二)とある。

  『膀胱は尿をためておく機能があります。』(意釈黄帝内経霊枢)

  『素問でいう津波は尿(小便)をさしている。』(図説東洋医学)

  『飲食物の中の水分を津液として体の中に運び津液の貯蔵されている場所が膀胱だと書いてあります。津波というものは体液です。これは生きているものです。』(康治本傷寒論講義録)

 臓と腑との間には密接な関係があり表裏をなすといわれている。そして機能自体も腑は臓に含められることが多く特に腎膀胱の関係は心小腸や肺大腸に比べ深く関わっている。この膀胱もやはり現代医学的な膀胱と割り切るよりは腎と深く関わった膀胱,腎の機能を合わせもった膀胱と考える。

 従って「膀胱者,津液之府也」の津液も尿というより体液と考えたほうが良いように思う。また下焦(臍以下)に熱が結んだと考えるより 表位を肺,外位を心肝,裏位を腎膀胱,内位を肺胃と考えると膀胱は裏位となる。この裏位に熱が及んだ状態と考える。

  3)「血自下」について

 血自下は桃核承気湯を投与しなくても自愈するものではなく,破血剤を使わず自然に下るときも本湯を投与することである。そして「下者愈」は下すものは愈ゆと読む。

  「単に血下ると記載せるのみで,身体の何処の部分から出血するのであるか明細な記載はないが,熱結膀胱,少腹急結と記載せることにより推論するときは,出血は肛門,尿道,子宮等よりするもののようである。』(傷寒論人門)

 臨床的に桃核承気湯は血尿だけでなく子宮筋腫,子宮内膜症をはじめ諸出血によく使いよく効く処方だと思う。このように出血は膀胱だけではない。

  4)「熱結膀胱,血自下」について

 どのようにして熱が膀胱に結すると諸出血が起こるのか。

  「膀胱は血波のもとになる栄養が一時的に貯蔵されていて必要があれば血管の中にまで運ぶ機能を持った臓器だと素問には書いてあります。それは現代の膀胱の役割りからするとおかしいのですが,これは腎臓でもって血管の中から水分と他の養分,それから排泄しなければいけないものを一度濾過し,水分と養分の一部がまた血管の中に戻されます。膀胱にたくわえられた津液が血管に行くという現象は腎臓の働きを考えればおかしいことではありません。

膀胱に結した熱邪もまた血管を通してからだの中をぐるぐる回るわけです。そうすると「血自下」というのは尿道から下血してもよいし,肛門から下血してもよいし,子宮から下血してもよいわけです。』(康治本傷寒論講義録)

 内位の胃の陽気がありあまっているために大柴胡湯で治めることができなかった熱邪が分裂し,裏位の腎膀胱の水に熱結すれば結胸証となるが膀胱の血に熱結すれば結胸証とならずに血証となる。

 以上より桃核承気湯証における下血について考える。

 腎の機能を合わせもった膀胱は再吸収により血管または経絡(経絡の経とは血管と筋膜の流れという考え方もある。)を通してこの中を裏位の血に熱結した熱邪が通り全身に行き渡り脳症を起こし,下血を起こし,全身からの諸出血を起こすと考える。     

      治癒

 水証         結胸有大熱 C大陥胸湯

                    発黄    茵チン蒿湯

B大柴胡湯-               

         血証         旧オ血   抵当湯

A桃核承気湯

                          抵当丸

         陽明病証

(図1 大柴胡湯からの分裂)

参考文献:

 1)日本漢方協会学術部:傷寒雑病論(「傷寒論」「金匱要略」),東洋学術出版社

 2)古矢知白:復聖傷寒論一意釈正文傷寒論復聖弁−(小曽戸丈夫意釈,小曽戸洋解題),谷口書店

 3)金古景山:復聖傷寒論一意釈傷寒水火交易弁−(小曽戸丈夫意釈,小曽戸洋解題),谷口書店

 4)森田幸門:傷寒論入門,森田漢方治療学研究所

 5)大塚敬節:臨床応用傷寒論解説,創元社

 6)脇坂憲治:陰陽易の傷寒論

 7)小曽戸丈夫,浜田善和:意釈黄帝内経霊枢,築地書館

8)山田光胤,代田文彦,はやし浩司:図説東洋医学<基礎編>,学習研究社

9)長沢元夫:康絵本傷寒論講義録,長城書店

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